ちょー助の『次いってみよう』
シー・ズー犬ちょー助と障がい者の父とうつ病の母。  やっとこさっとこの毎日。 思いついたこととか、日常を思うままに書いてます。
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89NC30

Author:89NC30
ちょー助:甘えん坊でヘタレなシーズー。オヤツ命、アレルギー持ち 2006年10月16日生まれ
ちょー助父:89NC30
ちょー助母:デュオ 2006年7月からうつ病闘病中。2010年7月から職場復帰。寛解を目指しながら働きます。

アイドルを目指すヘタレなシー・ズー。
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発病当時を振り返る1
おはようございます,ちょー助母です。

今日は何となく,発病当時のことを振り返ってしまいました。
ご自分の体験を思い出してしまいそうな方は,まわれ右して下さいね。


始まりは入社して3年目。初の人事異動からでした。
出張所から人事課に配属,全てが初めて。
仕事は給与の支給と健康保険や年金などの福利厚生事務。1.5人分から2人分の仕事量でした。
仕事量が多いのに加えて,男尊女卑な上司(直属ではないのに)。何かあるとすぐにへそを曲げる先輩。
何よりプレッシャーだったのは「全ての職員の名前と顔を覚える」でした。
本社勤務は全く経験が無かったので,560人近くいる職員を全員覚えないといけないのです。
まず,これで思考がストップしました。 どう頑張っても覚えられない。毎日不安と焦りの日々でした。
本当なら,ここで「一度には無理ですから,少しずつ覚えていきたいと思います」とか言えれば良かった。
でも,できなかった。許されなかったから。

そして,4年目。人事課の仕事にも少しなれたかな? と思っていた矢先。 職場でつきあっていた同期の男性が出向から帰って来ました。 もうその方とは御縁がなくなっていたのですが,未練があるのかどうか? 事あるごとに私に八つ当たりしてきたり絡んだり。 仕事の話のときにそんな態度なので,私の心はどんどん傷ついて行きました。
仕事が覚えられず,周りの方々にも迷惑をかけたと思います。
それでも何とか仕事を続けられたのは,支えてくれる・愚痴を聞いてくれる方の存在があったから。

5年目上司と散々(仕事の事で)ぶつかった挙句,私は人事課を出される結末に。
ただ,そこの仕事も楽ではありませんでした。
何より,「何をみても頭に入らない」のです。
これでは仕事になりません。どんどん自分を責めるようになりました。

6年目,また異動になりました。 上司は2人いて,事あるごとにその2人は意見が食い違う。
常に板挟みでした。この頃からだんだん倦怠感が抜けず,また生理痛もひどくなり,頭痛まで。
仕事も休みがちになりました。

7年目に入るころ,課内で人事異動があり,私もその対象に。
同じ課内でも,担当する仕事は全く違いました。
お客様の粘着質なクレーム。窓口で謝ったのに,毎日のように同じ方がしつこく電話をかけ,言葉尻を捕まえてまたクレーム。
その攻撃に,私はだんだん弱って行きました。
眠れなくなったのもこのころ。 夜明けまで寝付けないし,眠っても悪夢で起きてしまう。 その繰り返しでした。
さすがに「おかしい」とは感じましたが,まだ病院には行きませんでした。
そしてある朝,熱っぽいなと目を覚まし起き上がろうとしたのですが・・・。体が動かない。
鉛のようになってしまい,手足も動かせない。ベッドに張り付けられたかのような感覚でした。

これでやっと,病院を探すことになったのです。
今にして思えば,もっと早くカウンセラーとかに頼っていたらこんなことにはならなかったと思います。
ともあれ,私の長い療養期間の幕あけでした。

続きはまた後ほど書かせていただきます。
最後まで読んでくださり,ありがとうございました。
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