ちょー助の『次いってみよう』
シー・ズー犬ちょー助と障がい者の父とうつ病の母。  やっとこさっとこの毎日。 思いついたこととか、日常を思うままに書いてます。
プロフィール


89NC30

Author:89NC30
ちょー助:甘えん坊でヘタレなシーズー。オヤツ命、アレルギー持ち 2006年10月16日生まれ
ちょー助父:89NC30
ちょー助母:デュオ 2006年7月からうつ病闘病中。2010年7月から職場復帰。寛解を目指しながら働きます。

アイドルを目指すヘタレなシー・ズー。
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ちょー助、2013年末
2013年、12月。
あの頃、ちょー助は元気で。

クリスマス前にあげた、笛入りの星型のおもちゃをいつまでも嬉しそうに噛んだり鳴らしたり、振り回したり。
いつも通りの、反応で。
とても可愛いのはいつもの通りで。

でも。
そのあと。
12月24日に吐いて。
元気な時もたまに吐くことがあって、その時とほとんど状況は変わらなかったんで、いたわりこそすれあまり重くは受け止めていなかった自分を殴り飛ばしたい。

12月25日に、念のため絶食させた状態で病院へ。
栄養注射と吐き気止めなど、注射を打ってもらい自宅でゆっくり休ませていた。
それで、体調は落ち着いたと思っていた。
実際、落ち付いていて、翌日にはふやかしたフードを食べて元気に過ごしていた。

12月31日。
悪夢の始まり。
また吐いたちょー助。
一度で済まず、2度3度と吐いた気がする。
時間はもう夜だったけど、苦しそうで見ていられず病院の先生に連絡をとって、無理を言ってみてもらった。
年末で、もう病院はお休みだったので応急処置的なものしかできず、体調が回復するのを願うばかりだった。

ちょー助は、少し辛そうで年末年始は寝て過ごす事が多く、それでも私たちに一生懸命愛情を向けてくれた。
夜、いつも一緒のベッドで寝るのもいつも通り。
年末ということもあって、つい人間が夜更かししても付き合ってくれた。
寝室へ向かう時は、うちのボスらしく人間の先を歩いて。

寝室では、このところ私の布団へ入るのが常で、中で身体をくっつけてくるのが可愛くて。
それでいて、ちゃんと顔は布団から出して暑くなりすぎないように工夫していた賢さがあって。
とても幸せだったのに。

年が明けて、3が日は辛そうでもなんとかやり過ごしてくれてたけど・・。
1月4日、また吐いて病院へ。

一旦、切ります。
とても長くなるので。
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ちょー助の異変
ちょー助母です、こんにちは。

昨日、ちょー助を火葬してもらい家に連れ帰ってきました。
いまだにふとしたときに泣いてしまいますが、記憶が薄れてしまわないうちにあの子の頑張った記録をすこしずつつづっていきたいと思います。

2013年10月。
色々あって仕事を辞め家庭に入った私を、誰よりも喜んでくれたのはほかならぬちょー助でした。
もう、広いお家に一人ぼっちでお留守番しなくてもいいんだ。
大好きなかーちゃんといつも一緒だ。
そう、言っているように感じました。
退職するまえ、仕事の引き継ぎ等の関係で9月中は家にずっといる日、仕事に行っている日がまちまちで・・・。
でも、このころからちょー助には分かっていたのかも。退職するって。
家にいる日は、本当にご機嫌で。
そのご機嫌ぶりから、「ああ、本当にお留守番中はさみしかったんだな」と痛感しました。
そしてより一層、ちょー助との時間を大切にしようと決心した矢先の事。

10月26日の夜。
静かに寝ていたはずのちょー助のすさまじい悲鳴で、私たち夫婦は飛び起きました。
何か鋭いもので刺されたのか?と言いたくなるような、「キャーーーン!」と叫ぶ声。
急いでちょー助のところへ駆けつけると、荒い呼吸でぐったり倒れているのを見つけました。
就寝までは、元気いっぱいのはずだったのに。
死んでしまうのでは、と嫌な予感がよぎるほどの苦しみようで。
心配でその夜は寝ずに介抱しつづけました。

翌27日には、いつも通りの元気な姿を見せてくれたのですが・・・。
あの鳴き方、苦しみ方が尋常でなかったので動物病院に。
自分の体高くらい上にあるベッドに飛び乗ったり、飛び降りたりする習慣があったのでまずは関節などの炎症を疑い触診。
異常なしでしたが、大事をとって食事を控えさせ栄養注射などを打ってもらい帰宅。
ちょー助ももう7歳を迎え、そろそろ各種精密検査も視野に入れた方が良いかもね、と院長先生と話していたんです。
今にして思えば、その時点で出来る検査は一通り受けさせればよかったと悔やんでなりません。

ちょー助は、その後いつも通り元気でいてくれました。
あの日、12月31日に吐くまでは。


2014.6.16永眠しました
御無沙汰してます、ちょー助母です。

ちょー助、2014年6月16日朝7時半頃、永眠しました。
悪性リンパ腫で、昨年年末より体調を崩し、半年近く頑張って闘いました。
詳細は、ゆっくりと振り返りながらつづっていきたいと思いますので、もしよろしかったら今後もお付き合いいただければと思います。



やる気が出ない
お薬を変えて、5日目になろうとします。

が、全然やる気が出ない。

それどころか、死にたい、さもなきゃ仕事を辞めたい。できるなら休みたい。

そういう思いに駆られることが増えました。

季節の変わり目には体調を崩す事が多いのですが、心の調子も崩すもんなんですね。

早く、楽になりたいです。

セカンドオピニオン
どうにもこうにも、かかりつけの病院との溝が埋められず…な今日この頃で。

こんばんは、デュオです。

正確には、主治医との不協和音が鳴り響き、ってとこでしょうか。

悩みに悩んだすえ、セカンドオピニオンの道をとりました。

今度の病院は、もう少し規模の大きい、精神科・心療内科の病院。

今までのところでも精神科ってあったんですがメインは内科。

もちろん、精神科のつもりでかかってたんですが…。

お薬の説明もないし、とにかく「根性」で乗り切れと指示する。

ついていけないわ~ってなって。

これまでの日記を読んでくださってる方には、予想通りの展開ではないでしょうか?

で、おそるおそる頼んでみたところ、紹介状も書いてくれたので急いで新しい病院の予約を取りました。



車で30分ほどのところにあるその病院は、思っていたほど暗い印象は受けず。

ただ、完全予約制なのでちょっとそこが不便かな?

でも、初診と言う事もあり、30分ほどじっくり話を聞いてくれました。

そして「大丈夫、必ず治るから」の言葉を頂きました。

先生と話していて分かったのは、「今は気力・体力ともに落ち込んでいる」状態だという事。

気のせいかな~って思ったんですけど、気のせいじゃなかった。

以前の先生のスパルタぶりについて行けないのは、全て自分が悪いのかと思っていました。

でも、違ったんですね。

お薬もがらりと変わりました。

ナウゼリン(吐き気止め)とエビリファイ(向精神薬)とヒベルナ(ソワソワ防止)が取りやめになり。

パキシル(抗うつ剤)とジプレキサ(不安・緊張を抑える)、メデタックス(抗不安剤)が投入されました。

少しでも憂鬱な気持ちが楽になると良いな。

そう願いつつ、お薬を飲むのでした。

ちなみに変わらなかったのは、レンドルミン(睡眠導入剤)でした。

これは、まだお薬なしでは眠れないからと思い、自分から頼んだのです。

昼寝くらいは出来るのですが、夜の睡眠となると…。

まだまだ、お薬の力が必要みたいですね。

頑張りすぎずにやっていきたいと思います。



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